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神経筋疾患患者の口腔ケア(基礎編)

国立精神・神経医療研究センター病院歯科
福本 裕

健康な歯と歯肉

健康な歯と歯肉を示します. 歯は白色で光沢をもち表面はつるつるしています.歯肉はピンク色で引き締まり,歯と歯肉の境目(歯頚部といいます)から出血や膿(うみ)がでることはなく,歯と歯の間(歯間部といいます)の歯肉はV字型を呈します.

図1:健康な歯と歯肉

歯に付着するデンタルプラーク

歯を失う原因となる二大疾患は,むし歯と歯周病です.共にデンタルプラーク(以下プラーク)が関与します.きれいに見える歯の表面(A)もプラークを染め出すと,歯に付着しているのがわかります(B).

図2A:きれいに見える歯の表面
図2B:歯に付着するデンタルプラーク

デンタルプラークの細菌

プラークは数百種類の細菌が多数集まった菌の塊です.このプラークを構成する細菌で,むし歯菌が歯に感染すると歯の硬い組織が溶けてむし歯になり,歯周病原菌が歯の周りを支える組織に感染すると歯周病になります.

図3:デンタルプラークの細菌

歯周病

歯周病とは,まず歯肉に炎症が起き,進行すると歯の周りの骨(歯槽骨)が溶け,歯を骨につないでいる歯根膜が失われます.さらに歯頚部にある溝(歯肉溝)が深くなり歯周ポケットが形成され,そこから血や膿が出て,進行すると歯がグラグラになる病気です.むし歯や歯周病を長期に放置すると,やがて歯が失われ食べることに影響するばかりか,プラークが全身に影響することがあります.代表的なものとして,誤嚥性肺炎があります.これは咽頭や歯周局所の口腔内細菌が唾液とともに肺の中に直接吸引され起きる肺炎のため,予防を目的に口腔ケアが強く推奨されています.

図4:歯周病

口腔ケアとは

口腔ケアは,口腔保健指導,専門的口腔清掃,口腔機能の維持・回復の3つからなります.この中で,自分自身で行う口腔清掃を中心に説明します.

Ⅰ口腔保健指導
    Ⅱ専門的口腔清掃
     1)機械的口腔清掃
     2)化学的口腔清掃
     3)義歯の清掃
    Ⅲ口腔機能の維持・回復
     1)摂食姿勢や食事環境の指導・助言
     2)食物形態の指導・助言
     3)食事介助と機能回復指導・助言
  (日本歯科医師会編:在宅歯科保健ガイドライン2001より)
図5:口腔ケアとは

口腔清掃の方法

口腔清掃の方法には,洗口法,清拭法,洗浄法,歯みがき法(ブラッシング)があります.それぞれの方法の特徴などを表にまとめました.なかでも,歯みがき法は,口腔のセルフケアの基本とも言えます.プラークは歯の表面にべったりと付着しているため,歯ブラシでゴシゴシこすって除去する歯みがきは,プラークの除去効果が最も高い方法です.また,歯みがきの方法によっては歯肉のマッサージ効果を与えることができます(後述の毛先の当てる力を参照).

洗口液は,マウスウォッシュやデンタルリンスの名称で売られています.効果は,プラークを構成する細菌の殺菌効果と歯の表面への付着を妨げ,むし歯や歯周病を予防する効果があります.歯磨剤を使った歯みがきの後に使用する際は,歯磨剤と洗口液の相互の効果を損ねないために30分程度の時間をあけることが望ましいとされています.含嗽が難しい場合は,歯ブラシに塗布して使用することもあります.
歯磨剤には,色素やプラークの除去などの清掃作用,口臭の抑制効果があります.選択にあたっては,むし歯のリスクを下げる効果があるフッ化物が配合されたものを推奨します.歯肉の炎症や冷たい物が歯にしみる知覚過敏の症状に有効な成分を含む薬理作用を持つものもあり,目的に応じて使い分けましょう.ただし,歯磨剤のもつ清涼感はみがいたつもりになりやすく,着け過ぎに注意が必要です.最近では,使用後にうがいの必要がない歯磨剤もあります.

方法 特徴 効果 その他
洗口法
(含嗽法)
大きな食物残渣や清掃後の汚れをとる. プラーク除去効果はあまりない.
洗口液の使用により殺菌・抗菌作用が得られる.
意識清明、口唇閉鎖、頬・舌の随意運動、水を吐き出す能力が必要.
清拭法 粘膜面の清掃や痰などの付着物を拭き取って除去する.歯磨きが困難、うがいができない、誤嚥しやすい場合に有効. おおまかなプラーク除去や口腔粘膜の清掃に有効である. ガーゼ、綿棒、スポンジブラシなどを使用。洗口剤をしみこませて使用することもある.
洗浄法 洗口が困難な場合.吸引など口腔内に溜まる液体の排出が必要.嚥下機能に障害がある場合は、注意が必要. 水流や水圧を利用して口腔内の汚れをとる. 注射筒やウォーターピックなど口腔洗浄器を用いる.
歯みがき法
ブラッシング
基本的な方法.要介護者においても実施される. デンタルプラーク除去効果が高い.歯肉マッサージ効果もある. 歯ブラシによる機械的操作.清掃補助具の使用でより効果的になる.
洗口法
洗口液
殺菌・抗菌作用を有する.
左:クロルヘキシジングルコン酸塩液
右:塩化セチルピリジニウム
清拭法
口腔ケア用
ウエットティッシュ
洗浄法
ウォーターピック
歯みがき法
歯ブラシ

図6:口腔清掃の方法

歯ブラシの選択(形態)

毛束は平坦で,植毛部分の大きさは短辺が毛束3列程度で長さは10mm以下(A),長辺は臼歯二本分,あるいは下あごの前歯4本舌側の幅が目安です(B).柄は扁平いわゆる平型(C)が握りやすいとされています.

図7A:歯ブラシの選択(形態)
図7B:歯ブラシの選択(形態)
図7C:歯ブラシの選択(形態)

歯ブラシの選択(硬さ,毛束の密生度)

硬いほど清掃効果と歯肉のマッサージ効果は大きくなりますが,一方で歯肉や歯に与える損傷が大きくなります.そのため,毛先が硬い場合は毛の脇腹,柔らかい場合は毛の先端を使用します.また,毛束が密になると硬く,疎になると柔らかくなります.一般に,中程度か一段階,柔らかい歯ブラシを使います.

図8:歯ブラシの選択(硬さ,毛束の密生度)

デンタルプラークがつきやすい部位

上下の歯が噛み合う面(咬合面といいます)および,歯頚部(▼)や歯間部(◎)は,デンタルプラークがつきやすい部位です.そのため,歯みがきでは,これらの部位に毛先を当てるように意識します.

図9:デンタルプラークがつきやすい部位

歯みがきの方法(毛先の当て方)

歯みがきは,毛先の当て方,動かし方,当てる力に注意しましょう.歯ブラシの毛先は,歯頚部と歯間部に入るように当てます(A:下あご奥歯の頬側,B:下あご奥歯の舌側).この際,毛先を歯が生えている方向に対し約45度に傾けて歯頚部に当てるのがコツです(C:上あご前歯の唇側).

図10A:歯みがきの方法(毛先の当て方)
図10B:歯みがきの方法(毛先の当て方)
図10C:歯みがきの方法(毛先の当て方)

歯みがきの方法(動かし方)

歯ブラシの動かし方は小刻み,または小さく回すようにします(A:下あご奥歯の頬側,B: 下あご奥歯の舌側).歯ブラシを乱暴に横に大きく動かすと歯の表面が削れ,知覚過敏を起こしやすくなります.咬合面は毛先が溝をとらえるよう垂直に当てたままこすります(C:下あご奥歯の咬合面).

図11A:歯みがきの方法(動かし方)
図11B:歯みがきの方法(動かし方)
図11C:歯みがきの方法(動かし方)

歯みがきの方法(毛先の当てる力)

毛先にかける力は歯肉の色を観ます.すなわち毛先を当てると少し白く(矢印)なり,緩めればすぐに元の色に戻る程度を目安とします.この力のかけ方により,歯肉の血液の循環が促進され,歯肉のマッサージ効果が期待できるとされています.

図12:歯みがきの方法(毛先の当てる力)

歯みがきの方法

既述の歯みがきで歯冠部(歯の頭の部分をいいます)の汚れが取り切れなければ,歯頚部に当てた毛先を歯の切端や咬合面の方向へと回転させてみがきます.

図13:歯みがきの方法

歯みがきの方法(縦みがき)

歯ブラシの毛先が当てにくい部位や歯並びの悪い部位は,歯ブラシを縦にしてみがきます(動かし方を赤の矢印で示します).A:上あご前歯の舌側,B:一番奥歯の後方部,C:叢生(そうせい:歯並びが乱れている状態),D:叢生部にそれぞれ歯ブラシを縦に当てている様子を示します.

図14A:歯みがきの方法(縦みがき)
図14B:歯みがきの方法(縦みがき)
図14C:歯みがきの方法(縦みがき)
図14D:歯みがきの方法(縦みがき)

歯ブラシの持ち方

自分に慣れた持ち方で構いません.パームグリップ(A)は,歯ブラシを横に大きく動かしやすく注意が必要です(既述の動かし方を参照).サムアンドパームグリップ(B)は,上あごの臼歯の咬合面をみがくのに適しています.歯ブラシをペンのように持つペングリップ(C)は,適度な力で細かい動きがしやすくなります.

図15A:歯ブラシの持ち方
図15B:歯ブラシの持ち方
図15C:歯ブラシの持ち方

歯ブラシの取り扱い

毛先がヘッドの部分の柄からはみ出たら交換時期です(A).歯ブラシは使用後,プラークで汚れるため指で揉み出すよう水洗し,洗浄後は毛先を立てて乾燥させます(B).

図16A:交換時期の歯ブラシ
図16B:洗浄後は毛先を立てて乾燥

歯垢清掃補助用具

通常の歯ブラシで毛先が当てにくい部位は,歯垢清掃補助用具を使います.ワンタフトブラシ(A)は,毛束が一つで毛先が鉛筆のような歯ブラシで,歯間部,歯の舌側(B),奥歯の後方部(C)などをみがくのに便利です.また,デンタルフロス(D)は,歯と歯が接触する面(Eの赤い曲線),歯間ブラシは歯間部(E)の清掃に使われます.歯間ブラシには,ナイロン毛がワイヤーで固定されているワイヤータイプ(F)と柔らかく歯肉を傷つけにくいラバー(ゴム)タイプ(G)があります.

図17A:歯垢清掃補助用具
図17B:歯垢清掃補助用具
図17C:歯垢清掃補助用具
図17D:歯垢清掃補助用具
図17E:歯垢清掃補助用具
図17F:歯垢清掃補助用具
図17G:歯垢清掃補助用具