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神経筋疾患患者の口腔ケア(応用編)

国立精神・神経医療研究センター病院歯科
福本 裕

神経筋疾患による口腔衛生状態への影響

神経筋疾患患者さんの口腔衛生状態は不良になりやすいことが指摘されています.この原因として,口腔の要因と全身の要因があります.
口腔の要因は,咀嚼筋や口腔周囲筋の筋力低下やこれらの筋肉の筋力の不均衡が顎顔面骨の成長発育に影響することで発現します.主に歯並びの乱れ(歯列不正)や噛み合わせの不正(不正咬合)を呈し,みがきにくい部位ができます.また,口が開きにくくなる(開口障害)と歯ブラシを口腔内に入れるのが難しくなり,食べ物を噛んで飲み込む(摂食嚥下)機能が低下すると舌が汚れたり,食べ物が口腔内に残ったりします.さらに,デュシェンヌ型筋ジストロフィーなどに特徴的な大きい舌(巨舌)は,歯みがきの障害になります.
全身の要因は,上肢や手指の筋力低下により歯ブラシが把持できなかったり上手くみがけない,呼吸不全によりうがいが難しい,また,人工呼吸器の使用による口腔乾燥などがあります.

口腔の要因

  • 咀嚼筋や口腔周囲筋の筋力低下やこれら筋肉の筋力の不均衡.巨舌
    • 歯列不正によりみがきにくい部位がある
    • 開口障害により歯ブラシが入らない
    • 摂食嚥下機能の低下により食物が口に残る

全身の要因

  • 上肢、手指の筋力低下により歯ブラシがしっかり把持できない、上手くみがけない
  • うがいが難しい
  • 人工呼吸器の使用による口腔乾燥やみがきにくさ

口腔衛生状態の不良

そのため,神経筋疾患患者さんの口腔ケアにあたり,歯みがきの方法や歯ブラシの種類を工夫したり,また,仕上げみがきを含めた介助が必要になることがあります.

歯みがきが難しい部位

歯列不正や巨舌により歯みがきが難しくなることがあります.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんです.歯並びのアーチが外側に広がり,歯ブラシのヘッドが思うように入りません(A:黄色矢印).また,大きい舌(B:黄色矢印)や緊張が強い下唇(C:赤丸),および頬などの口腔の粘膜(D:黄色矢印)が邪魔して歯ブラシの毛先が歯に上手く当たりません.

図2A:歯みがきが難しい部位
図2B:歯みがきが難しい部位
図2C:歯みがきが難しい部位
図2D:歯みがきが難しい部位

歯みがきが難しい部位

歯列不正に加え,歯みがきが上手くできないと,食べ物はさらに歯のまわりに残りやすくなります.筋緊張性ジストロフィーの患者さんです.歯列不正がある前歯に食べ物が付着しています(A).また,歯の内側には,長期にわたりデンタルプラークが堆積し大きな歯石が付着しています(B).このような状態は,むし歯や歯周病を引き起こしやすくなります.

図3A:歯みがきが難しい部位
図3B:歯みがきが難しい部位

人工呼吸器の使用による影響

人工呼吸器の使用により口腔は乾燥しやすくなります.筋緊張性ジストロフィーの患者さんです.口腔乾燥により喀痰が上あごから舌にかけて付着し,舌苔も認めます(A).デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんです.上唇にフィットした呼吸器のマスク(B)をつけたたままの口腔ケアは,上の前歯部のみがき残しが起きやすくなります(C).
以下,対応について述べます.

図4A:人工呼吸器の使用による影響
図4B:人工呼吸器の使用による影響
図4C:人工呼吸器の使用による影響

みがき方による対応

みがき方を工夫する方法があります.歯列不正の部位は歯ブラシを縦にして1本1本みがくと効果的です(A)(基礎編 縦みがきを参照).口唇や頬は口の開け方を小さくすると緊張がとれ,歯ブラシが入りやすくなります(B).口唇が邪魔になる場合,毛先を上に向けるように歯ブラシを立てて口唇を避ける(C),極太の歯間ブラシを利用してみがくなどの方法もあります.

図5A:みがき方による対応
図5B:みがき方による対応
図5C:みがき方による対応

歯ブラシによる対応

ヘッドの厚さが通常(A左)より薄い(A右)歯ブラシを使う方法があります.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんです.ヘッドの薄い歯ブラシは,通常の歯ブラシが届きにくい一番奥の歯をみがくとき(B),また,口が開きにくいときに舌側をみがくのに便利です(C).

図6A:歯ブラシによる対応
図6B:歯ブラシによる対応
図6C:歯ブラシによる対応

歯ブラシによる対応

毛束が通常(A左)と異なり一つの(A右)のワンタフトブラシを使う方法もあります(基礎編 歯垢清掃補助用具を参照).デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんです.毛先をピンポイントで当てやすく(B),また,巨舌や開口障害で歯みがきが困難な歯の舌側をみがくのに有用です(C).

図7A:歯ブラシによる対応
図7B:歯ブラシによる対応
図7C:歯ブラシによる対応

歯ブラシがしっかり把持できない場合の対応

洗面台やテーブルに肘を置き,歯ブラシではなく頭を動かして歯をみがく方法もあります.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんです.歯ブラシの位置を口の高さに維持し安定させることが難しい場合があります.そのような時,患者さんに教えていただいたティッシュ箱を利用する方法を示します.これは,右利きの場合,左手の親指をティッシュ取り出し口に入れ,立てたティッシュの箱の上に(A),歯ブラシを持つ右手の指を置き(B)歯ブラシの位置を安定させます.(ご本人の同意を得て掲載しています)

図8A:歯ブラシがしっかり把持できない場合の対応
図8B:歯ブラシがしっかり把持できない場合の対応

歯ブラシが上手く動かせない場合の対応

歯ブラシが上手く動かせない場合は,電動歯ブラシが有用です(A).毛束の角(B)を使って歯間部をみがくと手前の歯の面(C)と、奥の歯の面(D)がみがけます.当てる力の調整が難しい場合は,強いと止まるものもあります.機種の選択にあたり,自分で歯みがきをする患者さんにとっては,ヘッドの大きさや自分で持てる重さに注意しましょう.

図9A:歯ブラシが上手く動かせない場合の対応
図9B:歯ブラシが上手く動かせない場合の対応
図9C:歯ブラシが上手く動かせない場合の対応
図9D:歯ブラシが上手く動かせない場合の対応

舌苔の対応

舌苔は,脱落した口腔の粘膜の細胞,細菌,血球や食べ物などから構成され,口臭の原因となります.きれいな舌を示します(A).筋強直性筋ジストロフィー患者さんの舌苔です.摂食嚥下機能の不良により汚れやすくなります(B).舌苔を取り除くことは口臭を予防し,味覚の保持・回復につながります.舌苔は1日1回,朝の歯みがき前に,舌の奥から手前に愛護的に掻き出すように除去します.舌苔の除去専用に舌みがき,舌ベラなど(C)があります.

図10A:舌苔の対応
図10B:舌苔の対応
図10C:舌苔の対応

食残渣や痰の対応

摂食嚥下機能が低下すると歯と頬の間などに食べ物や薬が残りやすくなります(A:デュシェンヌ型筋ジストロフィー).また,口の開口状態や,既述のように呼吸器の使用は口腔が乾燥しやすくなり,喀痰や舌苔などに付着物が目立つようになります(B:筋緊張性ジストロフィー).これらの口腔の汚れは,患者さんの機能低下が関与するため,セルフケアは難しく介助が必要になります.ウェットティッシュ,モアブラシ(C左)や、スポンジブラシ(C右)を使いきれいにします(基礎編 口腔清掃の方法を参照).喀痰が多いときはスポンジブラシなどで,巻き取るように取り除きます(D).

図11A:食残渣や痰の対応
図11B:食残渣や痰の対応
図11C:食残渣や痰の対応
図11D:食残渣や痰の対応

これらの粘膜ケアの実施前は粘膜を潤し,実施後は保湿を維持する必要から保湿剤を使用します.保湿剤は液状とジェル状があり,各々の特徴に合わせて使います.

保湿剤の種類と特徴
使用目的 使用方法 誤嚥の危険性 作用時間と停滞性 適応患者 適応範囲 その他
液状 加湿 噴霧,セルフケアが可能な患者は洗口 あり 短い
不良
粘膜が脆弱,易出血性がある患者 広範囲で細部にわたり保湿可能 浸透性がある
ジェル状 保湿 スポンジブラシ,綿球,ガーゼ,指などで塗布 なし 長い
良好
乾燥が強い患者
挿管中の患者
特定部位に留まらせる,流動性を下げることで広範囲にも適応 張り付いて残ると口腔乾燥を助長することがある

(福本 裕:8 口腔乾燥.脳神経内科疾患の摂食嚥下・栄養ケアハンドブック,第1版(日本神経摂食嚥下・栄養学会編), 医歯薬出版,2023,pp67.より)

介助にあたり口の中が見えにくい場合の対応

介助にあたり唇や頬の粘膜の緊張などで口の中が見えにくい場合は,指を使って避けます.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんです.下唇や頬など口腔の粘膜の緊張が強く指で上手く避けることができないことがあります(A).このような時に,口の中を見やすくするための補助器具があります.その一つとして,アングル(オーラル)ワイダーが便利です(B).唇に触れる部分を水で濡らし,歯肉を傷つけないように注意し,左右の口角部を広げるようにはめて使います(C).

図12A:介助にあたり口の中が見えにくい場合の対応
図12B:介助にあたり口の中が見えにくい場合の対応
図12C:介助にあたり口の中が見えにくい場合の対応

以上,神経筋疾患患者さんの口腔ケアについて述べました.しかし,口腔ケアの方法は,歯並び,歯の欠損の状態,入れ歯の有無,唾液の量や性状,介助の必要の有無など,ひとりひとり異なります.そのため,自身の状態を良く把握するかかりつけ歯科医をもち,最適な歯みがきを含め口腔ケアの指導,定期的な口腔清掃状態のチェックを受けましょう.また,全身状態によっては,障害者歯科の専門医療機関や訪問歯科診療の利用も考えましょう.