DMD治療標的と治療薬の開発状況
DMDの病態
筋ジストロフィーは骨格筋の壊死・再生を主な病態とする遺伝子変異に基づく疾患と定義される。デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) は、乳幼児期に発症し、筋力低下、慢性呼吸不全、心筋症を引き起こす重篤かつ進行性の疾患である。
DMDとBecker型筋ジストロフィー(BMD)はともにジストロフィン遺伝子変異を病因とし、X連鎖劣性遺伝形式をとり原則男児に発症する。DMDは小児期発症の筋ジストロフィーの代表的疾患であり、男児出生3000-4000人に一人の割合で発生し、日本に4000人程度存在すると推定されている。ジストロフィン蛋白は筋線維膜直下に存在し、細胞骨格アクチンと細胞外マトリックスの間に機械的結合を形成し、伸張と収縮に伴う力から筋線維を保護する。DMDではジストロフィン蛋白質は欠損、BMDでは、蛋白のサイズや量の減少をきたす。ジストロフィン蛋白質の発現異常によって、筋線維膜の脆弱性を来たし筋線維の壊死・変性が生じる。筋線維の壊死・変性が生じた後に筋の再生が起こり、そのサイクルが慢性的に繰り返す過程で筋の脂肪化・線維化を来す。その結果、筋量、筋質が変化し、筋力低下、ならびに筋の伸展制限を生じる。
DMDの臨床経過
DMDは2歳頃に下腿の肥大、3-5歳に転びやすい、走れないことで気づかれることが多いが、日本では発症以前の乳幼児期に別の目的で採血を行った時にたまたま発見された高クレアチンキナーゼ血症を契機に発症前に診断を受けることも多い。下肢帯を中心とした筋力低下により起立やジャンプなどの抗重力運動が苦手であり、ガワーズ徴候とよぶ特徴的な起立パターンを示す。下腿筋などの筋肥大を認める場合が多い。自然歴では5歳頃に運動能力のピークをむかえ以後緩除に症状が進行し10歳頃に歩行不能となる。運動能力の低下に伴って、関節拘縮や側弯の出現・進行を認めるようになる。一般に10歳以降に呼吸不全、心筋症を認めるようになるが、その発症時期や進行のスピードには個人差がある。自然経過による生命予後は10歳台後半であったが、現在では30歳を超えるようになってきている。この事実は現在までに確立されている治療、ケアの重要性を端的に示している。一方で同じジストロフィン異常症であるBMDは骨格筋症状がない、もしくは軽度な例から、DMDに近い経過を呈する例まで臨床経過における症例間の違いが大きい。疾患の経過とともに骨密度の低下が進み、骨折のリスクが高くなる。
DMDの遺伝学
ジストロフィン遺伝子変異の種類は多彩であり、60%がエクソン単位の欠失、10%が重複であり、残りはコード配列とスプライス部位に影響を与える微小変異である。
ジストロフィン遺伝子は79個のエクソンからなる巨大遺伝子であるが、巨大なサイズのため突然変異率は高く、約3分の1は新規に発生し、残りは生殖系列モザイク現象または保因者の母親からの遺伝によって生じる。エクソン3-8領域および45-55領域の2カ所に欠失や挿入変異が集中するホットスポットが存在する。全エクソンの欠失・重複が判定できるMLPA(Multiplex Ligation Probe Amplification)法と微小変異を同定できる直接シークエンス法を用いることで、大半のDMD患者で遺伝子解析による確定診断が可能である。DMDとBMDの違いはframeshift仮説で多くの症例で説明可能であり特にジストロフィン遺伝子のロッドドメインに生じた変異のほとんどがこの仮説で説明できる。エクソン単位の欠失・重複の合計塩基数が3の倍数かどうか、DMDの場合には3の倍数でない(out-of-frame)、BMDの場合には3の倍数となる(in-frame)。
DMDの病態生理
ジストロフィン蛋白の欠損に続く様々な病態がDMDの進行に寄与していることが明らかになっている。
1)膜の不安定性:ジストロフィンとその関連するタンパク質の欠如により、筋鞘、細胞骨格、および細胞外マトリックス間の物理的結合が失われ、筋鞘が漏れやすくなり、損傷を受けやすくなる(1)。
2)炎症:DMDにおける筋変性は、長期にわたる炎症反応と密接に関連している。炎症は再生を刺激するために重要であるが、炎症は筋肉損傷を悪化させる側面も有する。マクロファージや好中球の動員、ならびにそれに引き続く炎症促進性サイトカインや化合物の放出による炎症、酸化ストレスの促進が、DMDの骨格筋における炎症の延長に寄与する(2)。
3)カルシウム調節障害:膜の不安定性により、細胞内カルシウムレベルの増加と筋におけるカルシウムのホメオスターシスが破綻し、組織損傷をさらに誘発する(3)。
4)活性酸素:動物モデルやDMD 患者の筋肉は正常な筋肉よりもかなり多くのフリーラジカルを生成するため、ジストロフィー筋肉は健康な筋肉よりも酸化ストレスに対して脆弱になる。5)ミトコンドリア機能異常:ジストロフィン欠損筋では ATP合成能力が阻害される(4)などミトコンドリア機能異常の関与が指摘されている。6)線維化:線維化により収縮機能が低下し、筋量が減少する(5)。 DMDにおける筋膜損傷とその後の酸性代謝産物の蓄積と炎症増幅により、線維性組織の生成が誘導される。
治療戦略
1.標準治療・標準ケア(Standard of care:SOC)の重要性
学際的、包括的なアプローチによる治療、ケアの提供は、疾患の経過を変え、生命予後と生活の質を改善する(6) (7) (8)。薬物治療としてステロイドはDMD 患者に最も広く使用されている治療法である(6)。 ステロイドが DMD の疾患進行を遅らせるメカニズムは完全には理解されていないが、インスリン様成長因子の刺激、炎症の減少、リンパ球反応とサイトカイン産生の減少、および筋芽細胞の増殖の促進を通じて、DMD患者の総筋肉量と筋力を増加させることが示唆されている。長期にわたるコルチコステロイド治療には、体重増加、低身長、思春期の遅れ、行動上の問題、病的骨折などのさまざまな副作用がある点に留意して治療を提供する必要がある。今後新規治療法が数多く出現したとしてもSOCの重要性は変わらない。
2.遺伝的アプローチによるDMDの治療戦略
2-1)マイクロジストロフィンによる遺伝子治療
ウイルスベクターを用いた遺伝子治療は、本質的にはジストロフィン変異の種類に関係なく治療が可能という点、さらに一度の治療で長期間に渡る効果が期待できる点で魅力的なアプローチである(9) 。ジストロフィン遺伝子はフルサイズのcDNAはベクターとして現在主に用いられるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターには搭載できないため、一定の機能を有する短縮型ジストロフィンを用いた遺伝子導入アプローチが研究されている。Pfizer社が開発しているマイクロジストロフィンPF-06939926、Sarepta Therapeutics社が開発している rAAVrh74.MHCK7 マイクロジストロフィン SRP-9001を対象とした臨床試験からは、投与後にDMD患者の骨格筋におけるジストロフィン蛋白の発現を認め、歩行機能評価であるNorthStar Ambulatory Assessment (NSAA) などが改善傾向を示している。その結果後者は2023年6月に第3相試験の結果を待たずに、4-5歳のみの適応ながら米国で条件付き承認を得て臨床使用が開始されている。一方で大量のウイルスベクターを投与する直接的影響と思われる死亡、腎不全、血栓性微小血管症、心筋炎などの重篤な有害事象が報告されている。投与後1か月程度経過した時期に筋炎による筋力低下、呼吸不全を呈した例が生じており、この事象は導入遺伝子が発現したことによる免疫応答が原因と考えられている。一部の患者はすでにAAVに対する中和抗体をすでに持っているため、この治療を受けることができない場合もある。
2-2)エクソンスキッピング治療
エクソンスキッピングは人工核酸であるアンチセンス核酸を用いてmRNA前駆体に作用し、スプライシングの過程で特定のエクソンを読まないようにすることでout-of-frame型変異をin-frame型に誘導する。その結果短縮型にはなるものの、機能を有するジストロフィン蛋白質を発現させる治療法である。たとえば,エクソン50-52欠失変異は合計460塩基の欠失、つまりout-of-frame変異であるため,ジストロフィン蛋白は欠損するが,アンチセンス核酸によってエクソン53スキッピングを行うと欠失するエクソン50-53は合計672塩基の欠失、つまりin-frameとなり,エクソン54以降のアミノ酸の読み枠が回復し,短縮型ではあるもののジストロフィン蛋白の発現を認めるようになる。これによって筋壊死が抑制され、筋萎縮と筋力低下の進行抑制あるいは改善が期待される。
エクソンスキッピング療法は、ほぼ対象患者が多い順番にジストロフィン遺伝子のエクソン51、53、45、44などを標的した臨床試験が行われており、エクソン51、53、45スキッピング薬が米国などで、エクソン53スキッピング薬ビルトラルセンは日本で薬事承認が得られている。ビルトラルセンは国内第Ⅰ/Ⅱ相試験、および北米第Ⅱ相試験において、承認用量である80mg/kgの24週間の投与でジストロフィン蛋白がベースラインと比較して5%程度の増加を認め(10)、北米第Ⅱ相試験では研究グループCINRGによる自然歴データとの比較で投与群が有意に運動機能が改善していた(11)。現在日米で薬事承認が得られているアンチセンス核酸で用いられている化合物はモルフォリノであり、その安全性は有利な点であるが毎週の静脈内投与を要する。より高いエクソンスキッピング効果を狙って様々な化合物を用いたエクソンスキッピング薬の開発も行われている。
2-3)リードスルー治療
点変異により終止コドンが生じてしまうナンセンス変異を有する患者に対する治療戦略である。一塩基置換によってナンセンス変異が生じていると蛋白の合成はそこでストップしてしまう。ナンセンス変異によって生じた短縮型蛋白は一般に不安定で壊れやすく、蛋白としての機能は乏しい。ナンセンス変異をリードスルーするように誘導する薬剤を投与することによって、ナンセンス変異としての認識が揺らぎ、ナンセンス変異を乗り越えてC末端へと蛋白合成を行うようになる。ナンセンス変異をリードスルーすることによって本来の終止コドンまで蛋白の合成が行われることで、機能する全長の蛋白が合成される。これによって筋壊死の抑制、症状の軽減化が期待される。遺伝子変異に由来する疾患の5~20%がナンセンス変異によると報告されているので本メカニズムはDMDに限らず多くの疾患で治療の候補となり得る。
アミノグリコシド系抗生物質にリードスルー作用を有することが1960年代以降に報告された。mdxマウスはエクソン23にナンセンス変異を有し、この変異によってジストロフィン蛋白の発現を認めないモデルマウスであるが、アミノグリコシド系抗生物質の一つであるゲンタマイシンを投与することでジストロフィン蛋白が産生され、血清クレアチンキナーゼ値が低下することが1999年に報告された。その結果を踏まえDMD患者を対象として、いくつかのゲンタマイシンを短期間投与する臨床研究が行われ、血清CK値の低下、ならびにジストロフィン蛋白の発現を認めたとの報告もなされた。
2007年にmdxマウスにリードスルー作用を有するアタルレンを投与することによって、ジストロフィン蛋白が産生され、血清クレアチンキナーゼ値の低下、筋機能改善が報告された。アタルレンはアミノグリコシド系で問題となる腎毒性、聴覚障害を有さない利点もあり臨床開発が行われており、アタルレンは欧州などで条件付き承認が得られており、第3相国際共同治験が行われているなど現在も臨床開発が進行中である。
3.非遺伝的アプローチによるDMDの治療戦略
前述したようなジストロフィン蛋白欠損に続発する病態に応じた治療戦略が検討されており、炎症抑制、カルシウム調節、活性酸素除去、ミトコンドリア機能改善、線維化抑制作用を有する薬剤の臨床開発が進められている。その他、iPS細胞、骨髄由来細胞、羊膜由来細胞、筋芽細胞などを用いた細胞移植療法も有望な治療法として研究が進められている。骨格筋成長の負の調節因子として作用するトランスフォーミング成長因子βスーパーファミリーのメンバーであるミオスタチン抑制治療についてすでに複数の臨床試験が行われているがこの手法がDMDにおいて有効性を示すデータは得られていない。
まとめ
DMD
の原因としてジストロフィン遺伝子の同定によって、細胞骨格-筋膜-細胞外マトリックスの生化学および細胞生理学への理解の深化につながった。その深化からDMDの様々な病態への理解が進むとともに治療標的も多く存在することが分かった。DMD治療は、遺伝的な問題を修復し、ジストロフィンの欠乏によって引き起こされる二次的影響を標的とする治療アプローチを含む、アプローチの組み合わせ、つまり併用療法となる可能性が高い。
患者レジストリの充実とそれらの仕組みを活用した自然歴データの収集を結び付けることで、疾患の進行を最適に評価するために個人間の差異を検査する機会が増加した。 これらの機会は、効果的な DMD治療の将来を代表する個別化/併用療法fを大きく促進し、他の希少疾患治療への布石ともなることが予想される。
参考文献
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